近江新村(読み)おうみしんむら

日本歴史地名大系 「近江新村」の解説

近江新村
おうみしんむら

[現在地名]黒川村近江新

高坪(たかつぼ)山の西麓にあり、東方を烏(からす)川が北流する。北は切田(きつた)村、南東は塩沢(しおざわ)村に接する。集落は烏川左岸に南北に連なる。近世初頭近江国草津(くさつ)(現滋賀県草津市)の住人横井惣助により見立開発されたと伝えられ、曹洞宗江州(えしゆう)寺門前には寛文二年(一六六二)二月六日銘のある惣助の顕彰碑がある。元禄郷帳には東牧(とうぼく)村枝郷として村名がみえる。初め村上藩領に属し、宝永六年(一七〇九)幕府領、享保九年(一七二四)以降黒川藩領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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