近藤清石(読み)こんどう きよし

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「近藤清石」の解説

近藤清石 こんどう-きよし

1833-1916 幕末-大正時代の郷土史家。
天保(てんぽう)4年4月17日生まれ。長門(ながと)(山口県)萩(はぎ)藩士。近藤芳樹らに師事。藩の右筆(ゆうひつ)として古記録を調査。維新後,玉祖(たまのおや)神社宮司(ぐうじ)をつとめるとともに,県編輯(へんしゅう)所で県の修史事業に従事。「防長風土誌」「大内氏実録」などを編修した。大正5年1月4日死去。84歳。本姓は大玉。初名は忠曄。字(あざな)は白華。通称は四郎,登一郎。号は霜堤など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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