追戸横穴古墳群・中野横穴古墳群(読み)おいどよこあなこふんぐん・なかのよこあなこふんぐん

日本歴史地名大系 の解説

追戸横穴古墳群・中野横穴古墳群
おいどよこあなこふんぐん・なかのよこあなこふんぐん

[現在地名]涌谷町小塚 追戸沢・中野

石巻線涌谷駅の北東約二・五キロ、涌谷町の北部を東に延びる篦岳(ののだけ)丘陵の東端部に近い標高六〇メートル前後の丘陵斜面にある。北西部の横穴群を追戸横穴古墳群、南東部のものを中野横穴古墳群とよび、各横穴古墳群は分布状態からさらに追戸横穴群は六地区に、中野横穴群は四区に分けられる。両横穴群では、現在一七五基が確認されているが、総数では数百基にのぼるものと推定される。両袖式の横穴が大部分を占め、玄室立面形には家形・アーチ形・ドーム形のものなどがある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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