送橋村(読み)おくりはしむら

日本歴史地名大系 「送橋村」の解説

送橋村
おくりはしむら

[現在地名]朝日町送橋

送橋川と沢上(さわかみ)川の合流点にあり、北は古真木(ふるまき)村。正保郷帳に田方一四七石余・畑方六二石余とある。慶安二年(一六四九)以降松山藩領。宝暦八年(一七五八)の左沢御領知村高組訳書抜帳(松山町教育委員会蔵)によれば東五百川(ひがしいもがわ)郷下郷(しもごう)組に属し、高二二一石余、家数三九・人数一六四。東五百川郷から山野辺(やまのべ)村(現東村山郡山辺町)へ通じる道筋にあたり、松山藩左沢(あてらざわ)領の境に位置するため口留番所が置かれ、大庄屋渡辺丹右衛門家が代々番所役人を勤めた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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