遠山里村(読み)とおやまさとむら

日本歴史地名大系 「遠山里村」の解説

遠山里村
とおやまさとむら

[現在地名]木造町千代田ちよだ

田圃を隔てて北は嘉納かのう村、北東下遠山里しもとおやまさと村、東は千代田村、南は吉見よしみ村、西は南広森みなみひろもり村。

貞享四年(一六八七)の遠山里村の検地帳があり、その後下遠山里村が開かれ、遠山里村を上遠山里村と改めたと思われる。しかし「西津軽郡史」によれば、下遠山里村は延宝五年(一六七七)の開村で、貞享二年頃は遠山里村と称し、正徳三年(一七一三)以降下遠山里村に改めたとあり、上・下遠山里村の関係ははっきりしない。しかし村名改称并新村創立調(八木橋文庫蔵)によれば、享保一一年(一七二六)上遠山里村を遠山里村と改称したとあり、貞享四年の検地帳は当村のものと思われる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

〘 名詞 〙 ( 牽牛と織女の別れを悲しむ涙雨の意 ) 陰暦七月七日に降る雨。せいるいう。《 季語・秋 》[初出の実例]「歳時雑記曰、〈略〉七日雨、則曰二洒涙雨一」(出典:俳諧・滑稽雑談(1713)七...

洒涙雨の用語解説を読む