千代田村(読み)ちよだむら

日本歴史地名大系 「千代田村」の解説

千代田村
ちよだむら

[現在地名]四日市市千代田町

朝明あさけ川の北岸に位置し、西は東大鐘ひがしおおがね村、また対岸に平津へいづ村がある。「五鈴遺響」は「神鳳鈔」に出る鶴沢御厨の旧地とするが典拠は不明。建治三年(一二七七)五月二九日の祭主大中臣隆蔭挙状(兼仲卿記裏文書)に「権少副隆有朝臣申為泉兵衛入道是(心カ)乍為名主百姓身、対捍伊勢国朝明郡□内千与田納所年貢・納米由事、申状一通副具書、謹進上畢、子細載状候(哉カ)、千与田納所者、可為祭主分附之地、非弘永内候(後略)」と出る。


千代田村
ちよだむら

[現在地名]亀田かめだ大野町字千代田・字東前ひがしまえ

近世から明治三三年(一九〇〇)まで存続した村。大野川の下流域左岸に位置し、北は大野村。近世は東在大野村の枝村で、天保郷帳に千代田郷とみえる。地名は江戸の千代田村(現東京都千代田区)にあやかったとされる(検考録)

稲荷神社の勧請が寛政六年(一七九四)である(大野村史)ことから、この頃に人々が定住し始めた。同一一年幕府領になったのち大野一帯が開発された(休明光記)。同一二年改による大野村枝郷千代田村の畑役一万六三一坪(「蝦夷日誌」一編)


千代田村
ちよだむら

面積:四九・二二平方キロ

郡のほぼ中央にあり、北は恋瀬こいせ川を境に石岡市、東は出島でじま村、南は土浦市、西は八郷やさと町、西南新治村と接する。村の北西部に山本やまもと山・雪入ゆきいり山・浅間せんげん山・閑居かんきよ山などの筑波山系の山々が連なり、村の中央をあまの川が東流して、東野寺ひがしのでら付近で恋瀬川に合流する。産業は農業が中心で、なかでも栗・梨・柿を中心にした果樹栽培が盛んであり、耕作面積約二千三〇〇ヘクタールのうち八一六ヘクタールを占めている。村を南北に縦断する国道六号の周辺には六〇―七〇の観光果樹園が連なり、夏から秋の収穫期には近郊や京浜地方からの果物狩の団体客で賑う。


千代田村
ちよだむら

[現在地名]木造町千代田

田圃を隔てて北に嘉納かのう村と下遠山里しもとおやまさと村、東に貫水ぬきみず村、南に菊川きくかわ村、すぐ西に遠山里村

四代藩主津軽信政の時代に開かれ、萩野はぎの村と称したという(西津軽郡史)。「津軽歴代記類」によれば、千代田村は享和初年から文政六年(一八二三)までの開村で木造新田に属したとある。天保五年(一八三四)の郷村帳によれば、寛政一〇年(一七九八)に九九・六石、文化九年(一八一二)に三三・七石の新田高が書上げられている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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