酒井忠惇(読み)さかい ただとし

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「酒井忠惇」の解説

酒井忠惇 さかい-ただとし

1839-1907 幕末-明治時代の大名,華族
天保(てんぽう)10年7月28日生まれ。酒井忠誨(ただのり)の4男。実兄酒井忠績(ただしげ)の養子となり,慶応3年播磨(はりま)(兵庫県)姫路藩主酒井家9代。同年老中。翌年鳥羽・伏見戦いに敗れ,徳川慶喜(よしのぶ)とともに江戸逃走,蟄居(ちっきょ)となった。のち男爵。明治40年11月10日死去。69歳。名は「ただとう」ともよむ。

酒井忠惇 さかい-ただとう

さかい-ただとし

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

関連語 さかい

一月五日ごろから二月二、三日ごろの、小寒、大寒合わせた約三〇日間。寒中(かんちゅう)。《 季語・冬 》[初出の実例]「寒(カン)の中 薬喰 声つかふ 酒作 紅粉(べに) 門垢離(かどごり)」(出典:俳...

寒の内の用語解説を読む