酒野村(読み)さけのむら

日本歴史地名大系 「酒野村」の解説

酒野村
さけのむら

[現在地名]挟間町たに

谷村の南にある。江戸時代を通じて肥後熊本藩領で、初め谷村手永、享和三年(一八〇三)以降野津原手永に属した。寛永一一年(一六三四)の同藩豊後国郷帳に村名がみえ高九三石余。正保郷帳によれば田高五七石余・畑高三六石余、稙田わさだ庄に所属。日損所と注記される。元禄一三年(一七〇〇)の熊本領豊後国之内郷帳(臼杵藩政史料)では高九三石余。「肥後国誌」によると村内に下野尾村があった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む