釈ヶ池窯跡群(読み)しやかがいけようせきぐん

日本歴史地名大系 「釈ヶ池窯跡群」の解説

ヶ池窯跡群
しやかがいけようせきぐん

[現在地名]吹田市岸部北四―五丁目

吉志部きしべ神社が鎮座する丘陵背後にある釈迦ヶ池の周辺には数基の須恵器窯跡が分布するが、独立した窯跡群ではなく、千里丘陵南東部の吹田市域に南北約四キロにわたって分布する窯跡群の北辺の一支群にあたる。全体で五十数基の須恵器窯跡が確認されているが、大部分が六世紀中頃から後半にかけて操業されたもので、七世紀以降に営まれた窯は数基を数えるのみである。そして八世紀初頭には操業を終えている。いっぽう千里丘陵の北西には、豊中市桜井谷さくらいだに窯跡群があるが、この群の盛行する時期が五世紀末から六世紀前半代であることから、六世紀の中頃に千里丘陵の西から東へ須恵器工人の移動が行われたのではないかと推定されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 群集墳 古墳 衰退

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む