日本歴史地名大系 「吉志部小路村」の解説 吉志部小路村きしべしようじむら 大阪府:吹田市吉志部小路村[現在地名]吹田市吹東(すいとう)町・幸(さいわい)町・岸部北(きしべきた)一―五丁目・岸部中(きしべなか)一―五丁目・岸部南(きしべみなみ)二―三丁目・南正雀(みなみしようじやく)二丁目・同五丁目など吉志部五ヵ村の一で単に小路村ともいう。摂津国寺社本所領并奉公方知行等目録(蜷川家文書)に牧(垂水東牧)内岸部勝路村とみえる(→吉志部村)。慶長一〇年(一六〇五)の摂津国絵図に吉志部小路村、元和初年の摂津一国高御改帳には小路村とみえるが、当村だけの高は不明。寛文九年(一六六九)の高は九一二石余(吹田市史)、享保二〇年(一七三五)摂河泉石高調では九五四石余、天保郷帳では一千二五六石余(狭義の吉志部村分三〇〇石を含む)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by