野岳村(読み)のだけむら

日本歴史地名大系 「野岳村」の解説

野岳村
のだけむら

[現在地名]大村市野岳町・草場町くさばまち松原本町まつばらほんまち立福寺町りふくじまち東野岳町ひがしのだけまち

松原村の南部、こおり岳の南東に位置し、郡川支流の佐奈川内さながわち川が流れる。北東部の鉢巻はちまき山に虚空蔵菩薩を祀る。北東部に野岳湖がある。正保二年(一六四五)郡村の新村として成立したとされ、寛文三年(一六六三)竣工の野岳大堤が造成されて本格的な開発が進んだらしい(大村郷村記)。文化一一年(一八一四)大村藩の改革に伴い野岳村は松原村に合併され、大村領内では一ヵ村の扱いとなった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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