野田原川(読み)のたはらがわ

日本歴史地名大系 「野田原川」の解説

野田原川
のたはらがわ

たすき峠を水源とし、桃山町野田原の中央部を東西に貫き、調月つかつき銚子の口ちようしのくちより貴志川きしがわ町に入り山田やまだ川と名を変え、同町国主くにし貴志川に合流する。全長約一二キロ。古くはほし川とよばれ、嘉暦二年(一三二七)後九月一三日付の関白家御教書(宝簡集)に「調月庄事、吉野河以南、星川以東之上者、為寺領由申之条」とある。また「紀伊名所図会」は「此河大滝村明王寺の西に当る処、二三町の間両崖削立して、奇石怪岩其下に錯落たり。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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