野組村(読み)のぐみむら

日本歴史地名大系 「野組村」の解説

野組村
のぐみむら

[現在地名]日南町新屋にいや

日野川の最上流右岸に位置し、北は中園なかぞの村。同川支流の潤谷うりだに川が北流、野組川が北東流する。村内を日野往来が縦断し、南の国境鍵掛かつかけ峠を越えて備後国に至る。「伯耆志」は支村としてウル谷(潤谷)を記す。拝領高は一〇三石余、本免は五ツ九分。寛永一〇年(一六三三)の図帳写(日野郡史)に「多里村ノ内野組村」とみえ、田方九九石余の等級は上田一町一反余・中田二町一反余・下田一町八反余・下々田一町四反余、発方の下々田二反余、畑方一三石余の等級は上畑五反余・中畑三反余・下畑五反余・下々畑五反余、発方の下畑二反余・下々畑四畝、切畑一町一反余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む