量徳学校(読み)りようとくがつこう

日本歴史地名大系 「量徳学校」の解説

量徳学校
りようとくがつこう

[現在地名]小樽市若松一丁目

小樽の学校発祥となる。現在の量徳小学校の前身。戊辰戦争後、仙台藩岩出山伊達家の家臣鵙目貫一郎(昌平坂学問所出身)が北海道に移住、明治四年(一八七一)信香裏のぶかうら町に私塾鵙目もずめ塾を開いた。同塾は場所を転々とするが、同六年開運かいうん町に小樽郡郷学所を開設、のち小樽郡教育所となる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む