量徳学校(読み)りようとくがつこう

日本歴史地名大系 「量徳学校」の解説

量徳学校
りようとくがつこう

[現在地名]小樽市若松一丁目

小樽の学校発祥となる。現在の量徳小学校の前身。戊辰戦争後、仙台藩岩出山伊達家の家臣鵙目貫一郎(昌平坂学問所出身)が北海道に移住、明治四年(一八七一)信香裏のぶかうら町に私塾鵙目もずめ塾を開いた。同塾は場所を転々とするが、同六年開運かいうん町に小樽郡郷学所を開設、のち小樽郡教育所となる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む