金剛光寺跡(読み)こんごうこうじあと

日本歴史地名大系 「金剛光寺跡」の解説

金剛光寺跡
こんごうこうじあと

[現在地名]徳島市八万町 寺山

園瀬そのせ川沿い南側の丘陵上に位置する。寺山てらやまという地名は当寺にちなむものといわれる。正確な寺域や沿革は不明。寺山からは奈良時代の軒丸瓦が出土している。現京都市左京さきよう峰定ぶじよう寺所蔵の梵鐘には永仁四年(一二九六)一〇月五日の銘があり、「阿波国以西郡八万金剛光寺鐘 願主三部阿闍梨耶実秀」とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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