金剛村(読み)こんごうむら

日本歴史地名大系 「金剛村」の解説

金剛村
こんごうむら

[現在地名]八幡西区金剛・金剛一―四丁目・馬場山東(ばばやまひがし)二―三丁目・馬場山西(ばばやまにし)

金剛山の西麓に位置する。鞍手(くらて)郡に属したが、一時期遠賀(おんが)郡(御牧郡)の内とされた。南は篠田(ささだ)村、西は遠賀郡楠橋(くすばし)村。小早川時代の指出前之帳では遠賀郡香月(かつき)村の枝村としてみえ、同村に含まれて高付される。福岡藩の成立後は同藩領となるが、元和九年―延宝五年(一六二三―七七)および元禄元年―享保五年(一六八八―一七二〇)は東蓮寺藩(直方藩)領であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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