針崎村(読み)はりさきむら

日本歴史地名大系 「針崎村」の解説

針崎村
はりさきむら

[現在地名]岡崎市針崎町

岡崎城下の南、西尾にしお(現西尾市)に至る西尾道に沿って戸崎とざき村・はしら村を経て針崎村となる。春崎村とも記す(三河国二葉松)。針崎古城跡として酒井左衛門尉・成瀬浄勇らの名があり、三河一向一揆の時は成瀬新五左衛門は勝鬘しようまん寺、同新蔵は本宗ほんしゆう寺に立てこもって家康に敵対したとある(三河一向宗乱記)。慶安二年(一六四九)検地では村高三〇一石余、うち水田一九三石余・畑一〇八石余。宝暦一二年(一七六二)には家数三〇、うち高持二六・無高四とある(三河聡視録)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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