鈴倉村(読み)すずくらむら

日本歴史地名大系 「鈴倉村」の解説

鈴倉村
すずくらむら

[現在地名]清里村鈴倉

櫛池(くしいけ)川左岸の丘陵裾に位置し、東は川を隔てて寺脇(てらわき)村に対する。延宝七年(一六七九)の越州四郡高帳に高一〇石一斗余とある。天和三年郷帳によれば高一二石余、うち山高三石四升五合。現清里村に属する村々の年貢米は、高野(たかの)村(現板倉町)と南京田(みなみきようでん)村(現上越市)の郷蔵へ納入されていたが、宝暦一〇年(一七六〇)当村ほか六ヵ村が戸野(との)村に郷蔵を新設するよう願出ている(清里村史)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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