鈴木保徳(読み)スズキ ヤスノリ

20世紀日本人名事典 「鈴木保徳」の解説

鈴木 保徳
スズキ ヤスノリ

大正・昭和期の洋画家



生年
明治24(1891)年11月23日

没年
昭和49(1974)年12月11日

出生地
東京

学歴〔年〕
東京美術学校西洋画科〔大正15年〕卒

主な受賞名〔年〕
紫綬褒章〔昭和47年〕

経歴
黒田清輝師事。大正11年第8回展から二科会に出品、昭和3年第15回展で「接木と花」「青嵐」ほか3点を出品、二科賞受賞、会友となった。5年林武らと独立美術協会結成に参加、同展中心に作品発表。8年台湾、11年満州に写生旅行、29〜41年多摩美術大学教授。他に「奥まれる路」などの作品。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

関連語 学歴

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「鈴木保徳」の解説

鈴木保徳 すずき-やすのり

1891-1974 大正-昭和時代の洋画家。
明治24年11月23日生まれ。黒田清輝(せいき)に師事。昭和3年「接木と花」などで二科賞をうけ,二科会会友となる。5年林武(たけし)らと独立美術協会を創立。多摩美大教授をつとめた。昭和49年12月11日死去。83歳。東京出身。東京美術学校(現東京芸大)卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む