鎌辺村(読み)かまべむら

日本歴史地名大系 「鎌辺村」の解説

鎌辺村
かまべむら

[現在地名]明方村奥住(おくずみ)

吉田(よしだ)川上流にあり、南下流は漆原(うるしばら)村。正保郷帳に村名があり、田方二一石余・畑方五一石余。慶応二年(一八六六)口長尾(くちなご)・奥長尾(おくなご)・漆原・鎌辺・坂本(さかもと)五ヵ村で初秋から疫痢が流行し、年末に至っても収拾がつかず、食糧救済の稗拝借願(笹野文書)を出している。その内訳は口長尾二〇俵、漆原三五俵、奥長尾・坂本各五〇俵、鎌辺六〇俵であった。明治五年(一八七二)の村明細帳によれば、家数二〇・人数一五九、馬一九・牛八、職人二。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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