鏡浦(読み)かがみうら

日本歴史地名大系 「鏡浦」の解説

鏡浦
かがみうら

[現在地名]因島市鏡浦町

外浦とのうらの東、因島中東部海岸側にあり、ひうち灘に東面する。宝徳二年(一四五〇)刻銘のある中庄の金蓮なかのしようのこんれん寺所蔵の瓦に「鏡分 吉親部二郎 二郎太郎 太郎兵衛 三郎大夫 左近五郎兵衛 四郎右衛門 孫三郎 五郎衛門 三郎衛門」の名がみえる。

寛永一五年(一六三八)の地詰で分村され、正徳二年(一七一二)の「所務役人頭庄屋郡邑受方記」には「鏡ケ浦」として高三四・六八五石が記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...

共同声明の用語解説を読む