長尾山丘陵古墳群(読み)ながおやまきゆうりようこふんぐん

日本歴史地名大系 「長尾山丘陵古墳群」の解説

長尾山丘陵古墳群
ながおやまきゆうりようこふんぐん

長尾山丘陵は北摂平野の北を限る東西約八キロの山地で、西の武庫(むこ)川、東の猪名(いな)川に挟まれる。南斜面の標高約五〇―二〇〇メートルの範囲に分布する約二〇〇基の古墳を長尾山丘陵古墳群と総称する。いくつかの支群に分れ、おもなものは西から平井(ひらい)支群(四三)、雲雀山(ひばりやま)西支群(二八)、雲雀山東支群(四三)、雲雀丘(ひばりがおか)支群(一四)があり、とくに丘陵の東半部に密集する。ほとんどが墳丘の径五・五―一〇メートル、高さ一・五―五・五メートルの小型円墳で、埋葬施設は横穴式石室または箱式石棺。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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