長所村(読み)ちようしよむら

日本歴史地名大系 「長所村」の解説

長所村
ちようしよむら

[現在地名]燕市長所

北は打越(うちこし)村・牧(まき)ヶ島(しま)村(現西蒲原郡中之口村)、西は大通(おおどおり)川を境に佐渡山(さどやま)村(現同郡吉田町)に接する。字村中(むらなか)に長所館跡があり、館屋敷(たてやしき)の地名が残る。幅二―三メートルの堀に囲まれ、東西六〇メートル、南北一二〇メートルで、在地土豪の居館であったと推定される。元和六年(一六二〇)の三条御引渡郷村帳(幸田重寛氏文書)に高二一三石九斗余とある。同九年幕府領。慶安二年(一六四九)村上藩の検地を受け(西蒲原郡誌)、貞享元年(一六八四)の村上藩領分郷村高辻帳の村高は五一四石三斗余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む