長田浦(読み)ながたうら

日本歴史地名大系 「長田浦」の解説

長田浦
ながたうら

[現在地名]上浦町最勝海浦にいなめうら 長田

福泊ふくどまり浦の西に位置。慶長六年(一六〇一)六月の戸穴村検地指出帳(佐伯藩政史料)に長田島とみえ、文禄二年(一五九三)の検地高は田高五一石余・畑高二石四斗余・屋敷高一斗余、すべて永荒引であった。慶長六年五月の戸穴村検地指出帳(同史料)によれば同二年の検地高五五石余。正保郷帳では長田浦とみえ、戸穴ひあな郷に属し、文禄二年の高に同じ。元禄郷帳・天保郷帳では上浦村の内に含まれたと思われ、元禄見稲簿では上浦村の内で無高。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む