門前組(読み)もんぜんぐみ

日本歴史地名大系 「門前組」の解説

門前組
もんぜんぐみ

[現在地名]川場村門前

天神組てんじんぐみの東から北にかけてを村域とし、東門前・西門前に区分される。東門前を薄根うすね川、西門前をその支流溝又みぞまた川が流れる。地名は大友氏泰が創建した吉祥きちじよう寺の門前集落として出発したことにちなむと思われる。中世には川場郷とよばれた地域の一部で、江戸初期には天神組とともに下川場村とよばれた。天和二年(一六八二)の年貢割付状(門前区有文書)は「下川場之内」としながらも門前組の名主・百姓中に出されており、この頃実態としては一村をなしていたようである。同割付状によると高一千二五五石余、反別は一二〇町二反余、うち田方三五町四反余・畠方八四町七反余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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