関祖衡(読み)せき そこう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「関祖衡」の解説

関祖衡 せき-そこう

?-? 江戸時代前期-中期の地誌学者。
越前(えちぜん)(福井県)の人。北条時頼著とつたえられる「人国記」に考証をくわえ,あらたに国ごとの地図を掲載し,元禄(げんろく)14年(1701)出版享保(きょうほう)1-14年(1716-29)ごろ死去。のこされた仕事「日本輿地通志」は友人並河誠所によって享保20年に刊行された。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内の関祖衡の言及

【五畿内志】より

…五畿内の地誌。1734年(享保19)2月,関祖衡,並河永(誠所)らにより編纂された《日本輿地通志畿内部》の略称で,漢文で記す。全61巻。…

※「関祖衡」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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