阿万東村(読み)あまひがしむら

日本歴史地名大系 「阿万東村」の解説

阿万東村
あまひがしむら

[現在地名]南淡町阿万東町

阿万西村の東にある。下灘(しもなだ)一二ヵ村へ続く沼島(ぬしま)道は、西の阿万西村から東の飯盛(いいもり)山を越え、地野(ちの)村へ延びる。鴨路(かもろじ)川は中部山間に発し阿万西村へ流下する。正保国絵図には東村とあり、高三〇一石余。もとは阿万下(あましも)村であったが、慶長年間(一五九六―一六一五)東西二ヵ村に分れ、東村となったという(味地草)。天保郷帳でも東村とあり、高六二八石余。阿万組に属する。反別戸数取調書には阿万東村とあり、反別六二町一反余、高九六一石余、うち蔵入高七九八石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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