阿多岐村(読み)あたぎむら

日本歴史地名大系 「阿多岐村」の解説

阿多岐村
あたぎむら

[現在地名]白鳥町阿多岐

中西なかにし村の北東わしヶ岳の西麓山地に立地。牛道うしみち川支流阿多岐川と板倉いたくら川の合流点付近に集落がある。阿多木とも書く。中世山田やまだ庄の内。当村白山神社棟札に、弘長元年(一二六一)八月一日阿多木村中安全・産子繁栄のために白山社を造立したとある。暦応二年(一三三九)一二月一八日東有義寄進状写(内閣文庫蔵楓軒文書纂)によれば、有義は山田庄内阿多木名の年貢三貫文を長滝ちようりゆう寺長戸居衆に寄進している。慶長郷帳に「あたき村」とみえ高一二五石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む