阿理野庄(読み)ありののしよう

日本歴史地名大系 「阿理野庄」の解説

阿理野庄
ありののしよう

有野(ありの)川流域に成立したとみられる有馬(ありま)郡の庄園。「摂津志」は唐櫃(からと)・下司(げす)・中(なか)・二郎(にろう)四ヵ村を有野庄とする。永仁四年(一二九六)八月日の阿理野庄百姓伴則安申状(高野山金剛峯寺宝亀院蔵大日経疏妙印抄口伝紙背文書)に「阿理野御庄」とみえる。これによると同年摂津四天王寺領阿理野庄の百姓伴則安と源真吉の間で、借銭の返済をめぐって相論が起きた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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