阿須村(読み)あずむら

日本歴史地名大系 「阿須村」の解説

阿須村
あずむら

[現在地名]飯能市阿須

入間(いるま)川を挟んで岩沢(いわさわ)村の南に位置する。西上州から相州への道(中世の鎌倉街道)や秩父から相州への道が通る。加治(かじ)領に属した(風土記稿)。弘安五年(一二八二)七月一六日の将軍家政所下文(金子文書)によると、「武蔵国金子・阿主郷屋敷田畠等」が他の所領とともに亡父広綱の遺言を受けた母尼妙覚の手から、同三年四月一三日に平(金子)頼広に譲られ(ただし後家一期ののち)、幕府はこれを認めている。この阿主郷は当地のことであろう。正平七年(一三五二)正月日の高麗経澄軍忠状(町田文書)によると経澄は、前年八月足利義詮の命を受けて鬼窪(おにくぼ)(現白岡町)で挙兵、同年一二月一八日夜には「阿須垣原」に陣をとり、吉江新左衛門勢と戦っている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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