コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

陽明局 ようめいのつぼね

朝日日本歴史人物事典の解説

陽明局

没年:没年不詳(没年不詳)
生年:文和4/正平10(1355)
南北朝・室町時代,栄仁親王(伏見宮貞成の父)の妻のひとり。栄仁は正妻を置かず,陽明局(近衛局,のち廊御方)のほか西御方,対御方(東御方),廊御方(宝珠庵),典侍禅尼ら仕女5人と婚姻関係を結んだ。栄仁が死去したとき,治仁(葆光院)と貞成(後崇光院)を生んだ西御方はすでに没しており,陽明局と対御方は落髪した。しかし陽明局はその後も伏見宮家の家政担当者として活躍。応永30(1423)年に息子の椎野寺主が死去したこともあり,翌年70歳の老屈や脚気を理由に暇を申し出たが慰留されている。同32年,伏見宮家の家政上のことを貞成の側室,南御方(庭田幸子,敷政門院)に委譲し隠居,黒衣出家をした。なお,対御方は伏見宮家と足利将軍家のパイプ役のひとりであった。

(勝浦令子)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

陽明局の関連キーワード没年

今日のキーワード

いい夫婦の日

11月22日。通商産業省(現経済産業省)が制定。パートナーへの感謝の意を示し、絆を深める。...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android