雫石城跡(読み)しずくいしじようあと

日本歴史地名大系 「雫石城跡」の解説

雫石城跡
しずくいしじようあと

[現在地名]雫石町 雫石

雫石盆地のほぼ中央、標高二〇〇メートル、比高一〇メートルの台地先端の古館ふるだてにあり、東を黒沢くろさわ川、西を葛根田かつこんだ川、南を雫石川が流れる。滴石城とも記された。「祐清私記」に「一族一構之場所」とある軍事上の要衝であった。興国元年(一三四〇)一二月二〇日の南部遠江守(政長)宛北畠顕信御教書(遠野南部文書)に滴石とみえ、顕信は政長に滴石・和賀両氏とともに紫波しわ郡の北朝方を攻撃するよう命じており、この頃までに滴石戸沢氏によって築城されたと思われる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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