霊巌寺表門前町(読み)れいがんじおもてもんぜんちよう

日本歴史地名大系 「霊巌寺表門前町」の解説

霊巌寺表門前町
れいがんじおもてもんぜんちよう

[現在地名]江東区三好みよし一丁目

霊巌寺の南西に形成された町屋深川霊巌寺ふかがわれいがんじ表門前町とも称した。片側町で、西は下総関宿藩久世家下屋敷、南は浄心じようしん寺。文政町方書上によると、霊巌寺が霊岸れいがん(現中央区)にあった頃にも門前町屋があったが、明暦三年(一六五七)大火で寺も門前町屋も類焼し、万治元年(一六五八)寺が深川へ替地を与えられ移転した際門前町屋も移転してつくられた。当初は寺社奉行支配だったが延享二年(一七四五)町奉行支配となり町人地同様の扱いとなり、寛政三年(一七九一)表・裏両門前町に分れた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む