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鞍作多須奈 くらつくりの たすな

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

鞍作多須奈 くらつくりの-たすな

?-? 6世紀後半の仏師。
司馬達等(たっと)の子。鞍作鳥の父。用明天皇2年(587)天皇の病気回復祈願のため造寺,造仏をねがいでる。天皇の没後,出家して徳斉法師と称し,大和(奈良県)南淵(みなぶち)に坂田寺を建立,木造丈六の仏像,脇侍菩薩(きょうじぼさつ)像をつくったという。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

鞍作多須奈

生年:生没年不詳
飛鳥時代の仏工,僧侶。継体天皇のころ(6世紀初)に中国南朝の梁から帰化したと伝えられる司馬達等の子で,鞍作鳥の父。熱心な仏教信者で蘇我氏と密接な関係を持ち,用明2(587)年用明天皇が病にかかると,その平癒のために造寺,造仏の発願を奏言した。用明天皇没後は出家して徳斉法師と称し,大和国(奈良県)高市郡南淵に坂田寺(金剛寺)を建立するとともに,木彫の丈六薬師三尊像を造ったといわれる。『日本書紀』推古14(606)年5月の条では,南淵の坂田尼寺は,多須奈の子鳥が,元興寺丈六像造像の功により賜った近江国(滋賀県)坂田郡の水田20町をもって,金剛寺を建立したのが始まりと記している。<参考文献>田中嗣人「仏師・仏工の成立と止利仏師」(『日本古代仏師の研究』)

(浅井和春)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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