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坂田寺(読み)サカタデラ

世界大百科事典 第2版の解説

さかたでら【坂田寺】

奈良県高市郡明日香村にあった古代の尼寺。渡来人鞍作(くらつくり)氏の氏寺で,金剛寺とも呼ぶ。継体天皇16年司馬達等(しばたつと)が坂田原に結んだ草堂に始まると伝えるが,6世紀末から7世紀初めに,達等の子の多須奈(たすな)や孫の鳥(止利仏師)が本格的な寺院とした。飛鳥において豊浦寺と並ぶ有力な尼寺であったが,しだいに衰え,中世には多武峰(とうのみね)の妙楽寺や奈良の興福寺の末寺となった。坂田寺の法灯を継ぐという現在の金剛寺(浄土宗)は遺跡より少し南に建っている。

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大辞林 第三版の解説

さかたでら【坂田寺】

奈良県明日香村坂田にあった日本最初の尼寺。継体天皇のときに司馬達等しばたつとが来朝して大唐神を安置したことに発するという。奈良前期までは大いに繁栄したらしい。橘尼寺。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

坂田寺
さかたでら

奈良県高市(たかいち)郡明日香(あすか)村坂田にあった寺。鞍作多須奈(くらつくりたすな)が用明(ようめい)天皇(在位585~587)の病気平癒を祈るため出家修道した寺で、父の鞍作達等(達止)(たっと)が継体(けいたい)天皇時代につくった草堂に由来するともいわれる。天武(てんむ)天皇の無遮(むしゃ)大会に飛鳥(あすか)寺などとともに選ばれ、平安時代には金剛(こんごう)寺とも称し、多武峯(とうのみね)の末寺であったが、中世以降は衰亡。1973年(昭和48)の発掘調査により、7世紀の池跡や「坂田寺」と書かれた墨書土器が出土した。[田村晃祐]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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