順慶町二丁目(読み)じゆんけいまちにちようめ

日本歴史地名大系 「順慶町二丁目」の解説

順慶町二丁目
じゆんけいまちにちようめ

[現在地名]南区南船場みなみせんば一丁目

順慶町一丁目の西にあり、町域は一丁目いつちようめ筋からさかい筋までの二町で、間に八百屋町やおやまち筋を挟む。町名は明暦元年(一六五五)大坂三郷町絵図にみえる。大坂三郷南組に属し、元禄一三年(一七〇〇)三郷水帳寄帳では屋敷数三三・役数三九役でうち年寄分・会所分各一役が無役。年寄は上田長左衛門。「難波鶴」に油糟問屋一、検校一、延享版「難波丸綱目」には伊勢志摩国問屋二・関東筋問屋一・たばこ問屋の上葉問屋一・大工道具問屋二・小刀包丁問屋一・晒蝋屋一、家伝名法売薬「かくひやう茶」が載る。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む