須岐神社(読み)すきじんじや

日本歴史地名大系 「須岐神社」の解説

須岐神社
すきじんじや

[現在地名]大衡村駒場 宮前

鶴田つるた川支流の谷間の北側丘陵上にある。祭神素戔嗚尊、旧郷社。「延喜式」神名帳黒川郡四座のうちの「須伎スキノ神社」とある社に比定される。宮床みやとこ(現大和町)の「安永風土記」では同村の鶴峯つるがみね八幡宮の境内社鳴上賀茂なるかみかも明神宮を須伎神社としている。社伝によるともとは西方宮高森みやたかもり山にあったが、建久二年(一一九一)に地頭児玉弥太郎重成が当地に移して赤崎あかさき大明神と称したという。「封内風土記」では、駒場こまばの旧主児玉右近が社地に椚一千本を植えると記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む