須藤町(読み)すとうちよう

日本歴史地名大系 「須藤町」の解説

須藤町
すとうちよう

[現在地名]小田原市栄(さかえ)町二丁目・同四丁目

大工(だいく)町の北、竹花(たけのはな)町の南、甲州道沿いの脇町。「風土記稿」は小田原北条氏の職人頭須藤惣左衛門屋敷のあったことを町名の由来とする。貞享二年(一六八五)の小田原町明細書上(県史九)に町名がみえ、宿場町として本人足役四人を負担した。同三年大久保氏再入部の際、下総国佐倉(さくら)より移住したと家伝にいう薬種商桔梗屋や茶紙商江島屋など問屋層が多く居住した。明治三年(一八七〇)調べの家持年数之事(石井文書)によれば寛永年間(一六二四―四四)より居住の家二九があり、寛文一二年(一六七二)に一五、延宝年間(一六七三―八一)以降に五が増えた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む