須賀広村(読み)すがひろむら

日本歴史地名大系 「須賀広村」の解説

須賀広村
すがひろむら

[現在地名]江南町須賀広

江戸期に多くは菅広と記される。江南台地南東部に位置し、西は小江川おえがわ村、北は大里郡御正みしよう新田村、南は東流する和田わだ川を境に比企郡土塩つちしお(現滑川町)。谷頭部には付近最大のおお沼のほかなか沼・うしろ沼・重殿じゆうどの沼があり、谷津田の用水源として利用される(郡村誌)。天正二〇年(一五九二)三月、武川衆は徳川氏から「すかひろの郷」で八八石余を宛行われた(記録御用所本古文書)。田園簿には菅広村とみえ、田方四八石余・畑方四七石余、旗本稲垣領。国立史料館本元禄郷帳では旗本設楽領(幕末に至る)。「風土記稿」によると家数三五、持添新田は延享元年(一七四四)検地幕府領となる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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