顕子女王(読み)あきこじょおう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「顕子女王」の解説

顕子女王 あきこじょおう

1639-1676 江戸時代前期,貞清(さだきよ)親王の第7王女。
寛永16年11月10日生まれ。浅宮とよばれた。明暦3年4代将軍徳川家綱と結婚乳がんにかかったが,侍医に直接診察をゆるさず,延宝4年8月5日死去。38歳。法号高巌院

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367日誕生日大事典 「顕子女王」の解説

顕子女王 (あきこじょおう)

生年月日:1639年2月13日
江戸時代前期の女性。伏見宮貞清親王の第7王女
1676年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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