顕法寺村(読み)けんぼうじむら

日本歴史地名大系 「顕法寺村」の解説

顕法寺村
けんぼうじむら

[現在地名]吉川町顕法寺

標高一八二・三メートルの顕法寺けんぽうじ城跡の真下にある。東は山口やまぐち村に接し、西は町田まちだ村の林が続く。文和四年(一三五五)四月日の村山隆直軍忠状写(村山氏文書)に上杉憲将・宇佐美氏らが三月四日「佐美庄顕法寺城」に旗揚げし、風間長頼に攻め落されている。天文一八年(一五四九)から永禄三年(一五六〇)の間に出された年未詳一一月一〇日と一二月一六日の二通の長尾景虎証状(顕法寺文書)に顕法寺がみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む