飯良村(読み)いいらむら

日本歴史地名大系 「飯良村」の解説

飯良村
いいらむら

[現在地名]宇久町飯良郷(いいらごう)・本飯良郷(もといいらごう)

宇久島の南西部に位置し、寺(てら)島方面にいくつかの入江が開く。末申(すえさる)川が流れる。南東部に五島家の始祖という家盛が船隠しに漂着したとされる飯良郷塚崎(つかさき)がある。江戸時代は初め福江藩領宇久島掛に属し、宇久島中(宇久島村)のうち。寛文元年(一六六一)の富江分知領目録に飯良村とみえ、高四八一石余・取箇米一四四石余。同年富江五島領となっているが、同二年の境分けに際して小浜(おばま)村・神浦(こうのうら)村分との調整のため村内が割かれ、三二二石余とされた。同氏拝領高三千石に対して三〇〇石余の不足があったため飯良村古里(ふるさと)から割くことが検討されたが、内検高から充填された(五島編年史)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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