飯重村(読み)いいじゆうむら

日本歴史地名大系 「飯重村」の解説

飯重村
いいじゆうむら

[現在地名]佐倉市飯重・染井野(そめいの)一丁目・同四丁目など

生谷(おぶかい)村の東方の台地上に位置し、東の鹿島(かしま)川対岸は寺崎(てらさき)村、北は江原(えばら)新田村。慶長一九年(一六一四)の東金御成街道覚帳に飯住村とみえ、高四五〇石、八町二〇間の普請を割当てられている。元和三年(一六一七)五月二六日の知行宛行状に葛飾(かつしか)郡のうちとして村名がみえ、当村など四村の八四七石余などが旗本河口(川口)領となっている。元禄一三年(一七〇〇)頃の下総国各村級分では印旛(いんば)郡に属し、高五二九石余、佐倉藩領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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