馬羽松村(読み)まはまつむら

日本歴史地名大系 「馬羽松村」の解説

馬羽松村
まはまつむら

[現在地名]一戸町中山(なかやま)

北は摺糠(すりぬか)村、東は宇別(うべつ)村、南は岩手郡御堂(みどう)村(現岩手町)、西は西(にし)岳に連なる。元禄十郡郷帳では中山村に入るとある。元文四年(一七三九)の福岡通絵図(盛岡市中央公民館蔵)には蔵入高四石余とある。「邦内郷村志」では蔵分四石余で、「皆畠也土地下々」とあり、家数二・人数一〇、馬四の小村であった。享和三年(一八〇三)の仮名付帳では家数三で、往還筋にあり、枝村はない。奥筋行程記(県立図書館蔵)には「馬不喰(むまはます)村、家数三軒、此処往古八幡太郎源義家朝臣厨川次郎大夫安部貞任御退治之時、御召之御馬水不飼立之由故ニ此地ヲ如斯里名トス」とある。文政四年(一八二一)の領分産物書上(盛岡市中央公民館蔵)によれば、蕨花を産物としてあげる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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