駄吉村(読み)だよしむら

日本歴史地名大系 「駄吉村」の解説

駄吉村
だよしむら

[現在地名]丹生川村駄吉

北は小八賀こはちが川を挟んで旗鉾はたほこ村の枝村の曾手そで村、日面ひよも村、西は日影ひかげ村に接し、南は日影平ひかげだいら(一五九五・三メートル)連峰がほぼ東西に走って地形は急峻である。川沿いに平湯ひらゆ街道が通る。慶長一〇年(一六〇五)飛騨国郷帳に村名がみえ、日影村などとともに高付される。同一八年郷帳では「たよし村」として五〇石。元禄検地反歩帳の高五〇石余、畑八町三反余。「飛騨国中案内」によれば免は四割四分一厘、家数二五、うち百姓二三・門屋二。天明八年(一七八八)の家数二六・人数一一九、牛馬七、猟師鉄砲・威鉄砲各一(村明細帳)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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