駄坂村(読み)ださかむら

日本歴史地名大系 「駄坂村」の解説

駄坂村
ださかむら

[現在地名]豊岡市駄坂

木内(きなし)村の南、三開(みひらき)山の南西麓に位置し、西は気多(けた)郡八社宮(はさみ)村・伏(ふし)村・清冷寺(しようれんじ)村、東は出石(いずし)郡香住(かすみ)村、南は同郡下鉢山(しもはちやま)村に囲まれる。江戸時代の領主ははじめ豊岡藩領、正保元年(一六四四)幕府領、寛文八年(一六六八)豊岡藩領と変遷(「寛政重修諸家譜」「寛文朱印留」など)、享保一一年(一七二六)幕府領に戻り(同二〇年「城崎郡新料村々年貢軽減歎願書」秦文書など)、幕末に至る。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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