駮馬村(読み)まだらめむら

日本歴史地名大系 「駮馬村」の解説

駮馬村
まだらめむら

[現在地名]吉良町駮馬

北は瀬戸(せと)村、東は宮迫(みやばさま)村に接し、南は矢崎(やさき)川をもって津平(つのひら)村と境し、西は寺嶋(てらじま)村に接する。駮目とも記す。

中世吉良義氏より一五代の居城東条(とうじよう)城があった。「三河志」によると、永禄六年(一五六三)一二月、松井左近将監忠次は東条城攻略に軍功を立て、「斑馬の郷二百二十六貫八百二十文、岡山の郷二百六貫八百二十文」をはじめ、荻原(おぎわら)の郷草賀次右衛門給・荻原雑色藤右衛門給・綿内(わたうち)の郷など五〇〇貫文を与えられている。元和二年(一六一六)松平右衛門大夫正綱領、のち吉良上野介領、元禄一六年(一七〇三)松平備前守領、宝暦一二年(一七六二)松平周防守領、明和七年(一七七〇)岡崎藩領、天明五年(一七八五)松平周防守領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む