高屋宮(読み)たかやのみや

日本歴史地名大系 「高屋宮」の解説

高屋宮
たかやのみや

日本書紀景行天皇一二年一一月条にみえ、景行が日向国に建てたとされる行宮。六年にわたり滞在したとする。同一七年三月一二日条では景行が当宮から子湯こゆ県に幸したとされ、また同一八年三月条ではここを立って夷守ひなもりに至ったとの記事がある。大王・天皇が九州に足を踏入れた最初は六六〇年の斉明であるとされるから、景行の征西説話自体が造作されたものであることは明らかで、したがって日向の高屋宮が実在したとは考えられない。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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