高岡新田村(読み)たかおかしんでんむら

日本歴史地名大系 「高岡新田村」の解説

高岡新田村
たかおかしんでんむら

[現在地名]下田村高岡

五十嵐(いからし)川左岸の沖積地に立地。上流は福岡(ふくおか)新田村、下流対岸は籠場(かごば)村・中新(ちゆうしん)村(現三条市)。弘化三年(一八四六)の三組役成帳(若林玉舟氏蔵)には高岡村とあり、その肝煎の項に「寛永年中高岡村江罷出、同村開発仕肝煎役被仰付」とあるが、正保国絵図に村名がみえ、正保(一六四四―四八)初年の物成高を記した「初免石」(「村松小史」渡辺芳江氏蔵)には村名をみない。前記役成帳によると、天和二年(一六八二)当村内の荒所一町歩が鹿峠組脇立肝煎に扶持地として与えられている。元禄一一年(一六九八)の村松藩領分郷村高辻帳に高岡新田村とみえ、高二一石五斗。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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