高岩村(読み)たかいわむら

日本歴史地名大系 「高岩村」の解説

高岩村
たかいわむら

[現在地名]白岡町高岩

寺塚(てらつか)村の西にあり、西は野牛(やぎゆう)村、北は太田袋(おおたぶくろ)村(現久喜市)。東部は大宮台地の慈恩寺(じおんじ)支台にあるが、標高は九―一〇メートル、中央部の低湿地は旧日(につ)川の後背湿地で、西側の微高地は旧日川の自然堤防である。北部を備前(びぜん)堀川・笠原沼(かさはらぬま)用水、南部を姫宮(ひめみや)堀川が流れる。天喜二年(一〇五四)野与党の渋江兼重が忠恩(ちゆうおん)寺を開基したと伝え、戦国時代頃の成立と推定される市場之祭文写(武州文書)に「武州大田庄たかゆわいち」がみえる。また、応永三一年(一四二四)には高岩天満宮が創建されたと伝える。戦国時代には岩付(いわつき)領となった(天文二二年六月一一日「太田資正判物」忠恩寺文書など)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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